2022年5月9日月曜日

【散文】ハルデックスシステムのトルク配分についての考察

センターデフを持つ4WDシステムを持つアウディのみがquattroを名乗って良い。
というセンターデフ信者が居ますが、実際の所どうなのでしょうか。
quattroというのは高速に対応した四輪駆動システムの定義であり、当時はデフロック可能なセンターデフを備えたUr-quattroからスタートしました。つまり、高速走行を念頭に置いた四輪駆動システムがquattroであり、ハルデックスシステムもquattroの亜型であるというのが近年の大本営発表です。というか、英語版wikiがめちゃめちゃ詳しいのでこれを読むべきです。

ただ、初期のクワトロGrBカーは耐久性の問題からセンターデフが無かったり、そもそも直結四駆というシステムがあり、その唯一苦手なタイトコーナーを曲がる事が出来るようにセンターデフが装備されたと考えると、実はハルデックスシステムこそがAudiのやりたかった完璧な四輪駆動システムなのでは無いか…という考え方も出来てしまいます。


歴代クワトロの話はこういった記事に頼りつつ

Ur-quattroのカタログの1ページを掲載しておきます。
アウディはよくわかってるな…と思う記述ですね。


”最近のハルデックスはセンターデフのある4WDよりも高性能なんだ”
という話も動画に頼りましょう。
*自動デフロック機能があるわけですから、センターデフ式より走破性は高いに決まっています。


ここからが本題です。
先日の記事にこんな事を書きました。

Gen5ハルデックスの採用により、理論上前後トルク配分は0:100~100:0の可変が可能。走行モードによってトルク配分のベースも可変可能になっている(が、ベースが何対何なのかはわからない)
*Mk2は50:50を基本としつつ、理論上15:85~85:15の可変
前後トルク配分は95:5〜50:50の間で制御していると言われている。
*またMk3ではブレーキLSDを組み合わせ、4輪の回転数をコントロールしている
*わかりやすく書けば、GrBマシンを現代風に乗りやすくした形になっているイメージ?


で、最近のハルデックスって駆動配分(トルクディストリビューション)についての話が無いんですよね。という所が今回の話の山場になります。

結論から言うと、ハルデックスシステムは直結状態とFF状態を往復しているだけで厳密な意味での能動的な駆動トルク配分は行っていない/出来ないシステムになっています。ハルデックスにおいてのトルク配分は荷重とタイヤ摩擦力によって"結果的に"決まってしまっているだけで、能動的に変動しているわけでは無いのです。

つまり、結論を言語化するのであれば、ハルデックスシステムにおいてはトルク配分という概念は無く、前後車軸を等速で回転させるだけのシステムです。
完全にハルデックスクラッチが圧着しており前後の車軸を等速で回転させる/軽い油圧が発生し多少後輪が回る(いわゆる95:5のスタンバイ状態)/完全なFFという3状態から最も最適な状態を選択しているシステムなので、そもそもそこにトルク配分という概念は存在していない。というのが答えですね。

ちなみに、フロントギアボックスに多板クラッチを入れる形式であればトルク配分は可能らしいです。現行のスバルやアウディの縦置きベースグレードはそういった構造になっています。ハルデックス内部のクラッチはそこまでアクティブに動かすにはクラッチ容量が無い+そもそも増速機構が無いというのがポイントみたいですね。

*直結状態≠50:50です。50:50というのはトルク;つまりタイヤの摩擦力が常に前後同じになり、直結状態というのはデフロック状態で前後の回転が同調しているイメージです。これがわかっていない人が多いというか、最も理解しにくいポイントかもしれません。僕は理解に1年以上かかりました。これをわかっていない人は世の中にめちゃめちゃ居て、日本の自動車評論家なんてほぼ誰もわかってないし、元TopGearのChrisHarrisすら理解していません。喜んで50:50だ!を連呼しています。

*タイヤの挙動を一切考えないのであればデフロック状態における前後トルク配分は軸重量の比と一致すると考えて良いようです。ただ、この数字には何の意味も無い…という話になってきます。

*ハルデックスシステム(というか直結四駆)のメリットはゼロタイムで前後のホイール回転数が同調することにあるようです。センターデフを介したシステムは常時能動的な機械的制御が入る為、そこにある程度のタイムラグが生じ、そのタイムラグ分直結四駆と比べると違和感が出るという考え方が出来、直結状態をあえて好んで使うドライバーが居るという話です。(モンスター田嶋がそうだと言われていますね。)

*スバルによる興味深い論文を拝見させて頂いたのですが、直結四駆は低速タイトコーナーに難があるものの、それ以外のシチュエーションではセンターデフ式の四輪駆動よりも優れた特性があるとされています。センターデフ式の四輪駆動は全域において自然な挙動を確保した上でどれだけ直結四駆のトラクション性能に近づける事が出来るかというのが開発テーマになっているようなので、ある程度自明な事かもしれません。

*実は4WDがブレーキにおいてもメリットがあるというのはこのトルセン方式のセンターデフ採用車が"エンジンブレーキ"を主体にした減速を行った時にバチクソ安定するという話が独り歩きしたものです。ただ、殆どのメーカーはABS作動時にはトルク制御を諦めて4輪独立でブレーキ制御を行う方向に来ている為、これも特定の条件下で強いという話になってきます。

実際のハルデックスによる駆動配分はこの動画で確認することが可能です。

元々、僕はハルデックスにはある種のドリフトモード(リアのみを駆動することが出来る)が存在するという認識を持っていたのですが、実は完全な間違いなんですね。
”前後トルク配分は0:100~100:0の可変が可能”というのは、前輪が完全にグリップを失った場合、トランスミッション出力の100%相当分のトルクをリアに配分することが出来る圧着力のあるクラッチが装備されているだけであって、それは一時的にFRになるわけでは無い。というのが味噌なわけです。そもそもフロントドライブシャフトがギアボックスから直接出ている以上、フロント駆動力を完全に切り離すことは物理的に不可能です。


ゴルフ8Rや8YのRS3についているドリフトモードは直結にしたうえで、曲がっていく側と反対側の後輪を主にカチ回す(訂正;曲がる側のクラッチを切って駆動力を抜くシステムです)セッティングになっているようです。エンジン出力の半分が後軸に転送され、転送されたエンジン出力の50%のうち25%と25%が左右に振り分けられているところ、右に曲がる時は左後輪に50%を/左に曲がる時は右後輪に50%を転送するというシステムです。トルクベクタリングの過剰応用(疑似再現)といえばわかりやすいのかもしれません。これはハルデックスでは無いシステムだから採用出来るわけで、疑似トルクベクタリングシステムを採用したからついでに組み込まれているようなイメージなんでしょう。

*そもそも三菱の定義するトルクベクタリングシステムというのは片輪を増速させて左右の回転差を能動的に作り出す事が出来るシステムだったはずなので、この機構は疑似トルクベクタリングです。トルクスプリットシステムという表現が正しい事がわかります。配分しているだけ。





〜ここからはハルデックスの世代と乗り方の話です〜
ここまで書いたように、ハルデックスシステムをわかりやすく説明するのであれば、FF状態と直結4WD状態を全自動で行ったり来たりすることが出来るシステムであり、FF状態を基本とするのか、直結状態を基本とするのかは年式、世代、設計によって様々なパターンがあるようです。



Mk2TTRSは第4世代ハルデックスを搭載しており、95:5をベースとして50:50までの間で可変出来るという数字が公開されています。とはいえ、ハルデックスシステムを搭載した車はブレーキ時に必ずFFになる為、100:0~95:5~50:50というイメージを持っていると良さそうです。


Mk3TTRSは第5世代ハルデックスを搭載していますが、アウディ/ハルデックス共に具体的な駆動配分に関しての記載が見当たりません。とにかく資料を探しても全く見当たらないのです。ゴルフRは95:5~50:50という記載があるのですが、TTRSに関しては全く情報がありません。ハルデックスコントローラーを使用すると確認出来るようですが、好奇心によるデータ取りの為に出せる値段では無いのが現実です。
*というか見ても何の意味も無いしな。


上に貼り付けた動画を見る限り、(VWですが)かなり長い時間直結状態になっているようにも見えます。また、AudiDriveSelectのIndividualではquattroの設定項目があり、Comfort/Auto/Dynamicという3種類の設定が確認できます。Comfortでは確かにFF的作動制限の少なさを感じますし、Dynamicでは昔乗っていたGC8のようなリアからの押し出し感を感じます。うーんわからん。(その後、様々な条件で踏んで曲がっていってみているのですが、リアからの押し出し感は気のせいでした。ゴリゴリの直結四駆な加速をします。)
1つだけ明確にわかるのが、TTRSってブレーキ踏んだ瞬間のリアが浮いてタコ踊りしそうになる雰囲気があるんですよね。完全にFFだわ。という所はブレーキでリアを振り出せる反面、デフロックされた4WDの最大の強みであるブレーキング時の安定性は全くありません。完全に僕の勘なのですが、アウディはこの特性に問題意識を持っているようで、ブレーキを踏むと同時にフロントダンパーが硬くなる感触があり、なるだけ姿勢をフラットに保つことでリアの接地を確保しようとしています。また、ブレーキの特性として、初期制動は高いのですが奥であまり効かないブレーキになっています。フロントブレーキに対してリアブレーキが弱くセットされており、つんのめり感を消す方向でブレーキがセットアップされています。というかここまでやるなら減速時にも特定のモードでハルデックスカップリングをロックさせれば良くね?と思うのですが、いかがでしょうか…。
ちなみにこの問題は200オーバーの速度から一気に80前後まで減速するような状況で発生するだけなので、通常は問題無いと思われます。ブレーキをリリースした瞬間にリア駆動が回復するので、ターンインと共に地面を蹴り出す安定性が手に入ると考えると、ある意味唯一楽しめるピーキーなポイントなのかもしれません。これに関しては普通に乗っている状態では全く問題になるようなものでは無いので、一般的な運用方法だと無視出来る些細な特性だと思います。
また、ハルデックスはもっと微妙なコントロールをしているのかな?と思っていたのですが、峠で振り回した感じだと全くそういったコントロールはしていなさそうです。
VWのFFとスバル直結4WDを乗り継ぎ、リッジレーサー感のあるトルクベクタリングによる緻密なコントロールを嫌ってハルデックスを搭載しているTTRSを選んだ所もあるので、アクセル踏んだら直結+ブレーキ踏んだらFF(燃費狙いのComfortではクルージング時に95:5前後の"ほぼ"FF)という個人的に最も振り回せる、好みの動きをしてくれる車であることを実感しました。古のGrBカーの息吹をエンジン的にも駆動方式的にも感じることが出来、本当に良い車だと思っています。





【追記その1】
めんどくさい。と言いましたがハルデックスのシステムの最も基本的な制御について記しておきます。
ハルデックスとはオンデマンド4駆であり、フロントホイールが駆動力を失ってフロントとリアの回転数が一致しない時、その回転数を一致させることが可能なシステムであり、トルク配分という概念では説明出来ないシステムです。
近年の95:5と言われているトルク配分はハルデックスクラッチを完全に切り離すわけでは無く、違和感の解消の為にクラッチを軽く当てている状態を作っている認識で良いようです。

ハルデックスシステムは個人的にGen1系(Gen1,2)とGen3系(Gen3,4,5)という分類が出来ると考えており、それぞれ軽量化+構造の単純化+クラッチ圧着力の強化を勧めたバージョンアップがなされている認識で大丈夫かと思います。

ハルデックスコントローラーはどうやらクラッチ圧着力を早めに直結状態にする+ブレーキング時にも直結状態を維持する制御を出来るようにしているみたいです。そら効きますわ。


新しいRS3(8YA)ではハルデックスクラッチすら無くなり、マグナ製のトルクベクタリングを主としたシステムへの入れ替えが進んでいますが、これは内燃機関の終了により、モーターに移行した後の制御とシステムの統合が進みつつあるのでしょう。ハルデックスもセンターデフも内燃機関ベースの構造なので当然無くなっていくシステムだと言えます。
とはいえ、8YAのリアクラッチシステムはリア左右ドライブシャフトにただのクラッチがついているだけで増速機構が入っているわけでは無いので、劣化AYCどころか劣化機械式デフのような構造だと言えると思います。オープンデフ+ブレーキLSDのほうが構造的には正しい気がしています。マグナ製のシステムはハルデックス比で構造的に7kgほど軽くなるようで、リアのオープンデフを廃することが出来る(部品点数が少なくなる)というのがメーカー的なメリットのようです。
ゴルフ8Rはマグナ製のシステムを採用しており、S3(8Y)はハルデックスを採用しているのが個人的なオモシロポイントですね。

【追記その2】
つまりこの動画で説明されている所がわかっているか。というのがポイントなようです。
(この動画、何回見てもゴミみたいな説明しか成されていなくてクソです。)

【追記その3】(全てリンクが切れてしまいました…)
GR32というR32オーナーズクラブで20年ほど前にこういった内容の議論が成されていたようです。この内容は非常に正確で、実際にかなりのレベルまで車の動きが理解出来ている内容しか記載されていないのが驚きです。相当濃い内容が書かれています。


【追記その4】
小耳に挟んだ話なのですが、個人的に日本人ドライバーの中では最も敬愛している”モンスター田嶋”さんは直結4駆信者らしいですね。BEVレーシングラリーカーですら直結状態で乗っているとか…。「色々乗ったんだけど、駆動系のレスポンススピードを考えなくて良い+動きに一貫性があるから直結4駆が1番良いんじゃないの?」という話をしていた所、モータースポーツ畑の方から教えて頂きました。面白いですねぇ…

【追記その5】
80km/hを閾値として、スピードレンジが高い時はブレーキングポイントを手前に、低い時はブレーキを残してターンインすると滑らかに走れるなぁ…と思っていたら、カリクレス曰く工学的にその辺りの速度域が切り替えタイミングになるようです。感覚的な所に工学的な理由があるのは面白いですね(僕は全くわかっていませんが)。

3 件のコメント:

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    1. 回転数の話ですね。今回はトルク配分という切り口での投稿だったので、回転数までは踏み込んでいません。記事の後半で”直結”というキーワードを連呼しているのはそれが理由です。

      ということにしておいてください。回転数の話になると、回転数とタイヤグリップ力がトルクを生み出すという物理の話に踏み込まないといけないのでめんどくさくて飛ばしました()

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